from 20031201
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最近(2003.06)インド時刻表を買った。出かける前に探したのに無く、インドでも売り切れで買えなかったので、今更という気もしたが、インドで乗った列車と駅がようやく特定出来た。
ツアー旅行だったが時刻表はやはり持って行きたかったと思う。http://www.mri-trading.com/ (ショップ・エムリ:送料、消費税込みで2400円)で購入。インドで乗った列車の鉄道時刻表は、最下部に載せてあります。

なお、インド鉄道は時刻表をPDFで公開している。自分でダウンロード可能である。ここから全てのTrain At A Glanceの時刻表部分を取ることが出来る。
ちなみにデリー→バラナシの列車はNO1テーブルだ。


12/1 20:00始発の列車に乗りベラナシへ。 
列車番号2392のパトナ(Patna)行き「Magadh Express」と、Patnaの先のバーガルプール(Bhagalpur)まで行く列車番号3468の「Vikram Shila Express」の混成列車だ。
Patnaで「Magadh Express」部分だけが終点となる。ベラナシ近郊のMughalsarai駅に7:25着、Patnaに11:25着、Bhagalpurに16:55着。こういう情報は日本で時刻表を手に入れて判明した。それまでは乗車した駅が、デリー駅かニューデリー駅なのかも分からなかった。利用した駅名は帰国後に時刻表を調べて判明した。
我々が乗ったのは「Vikram Shila Express」のほうだ。同じ列車に乗った女子高の先生方(下方に写真あり)が、「ヴェラナシとコルカタの中間くらいにある終点の「ブxxプール(多分:Bhagalpur)まで行く」と言っていたからだ。
下の時刻表テーブル1、59ページ参照

ニューデリー駅の外(2002.12.01)


ニューデリー駅の駐車場


ニューデリー駅構内


駅には上の写真右のガイドさん(紺のジャンパー)が列車案内のため待っていた。
いやあツアーは楽だ。

紫色の光は補虫灯。ケース下の出っ張りが虫を受ける皿。案に相違し、皿は結構きれいで、捕まっている虫は少い。
2002.12.1夜のニューデリー駅


構内は暗い。乗ったのは左に止まっている列車だ。


インド鉄道2等車のトイレ


右の白いノルズから水洗の水が出てステンレス便器の中をきれいにする。
底までの深さが数センチなので、水を流すとき溢れてしまうことを心配してしまうが、水は穏やかに、渦を巻くように流れるので、問題はない。
構造上、男でも大、小とも座って用を足すのだろう。ステンレス便器が右側に1メートル以上の高さまで伸びているが、立って用をたすと白いノズルに掛かってしまうのだ。また、ノズルに小の掛かった形跡はなかったので、座って用をたしているという結論だ。左のコップはおしりと手洗い用。インド人は紙を使わない。多分、おしりが濡れたままパンツを穿くシステムなのであろう。便器はコップの方が前である。コップの上には蛇口がある。指で蛇口の水が出る辺りの出っ張りを押すとしばらく水が出る。指を洗えるしコップに水もたまる。コップの中には長らく洗っていないような汚れが少しあったが、便器はきれいである。
コップが前になるようしゃがむ。
便器周辺(画面下:座って左側)にこぼれている水はおしりを水で洗うためである。旅行中にインド人の利用する複数のトイレに入ったが、全て左側に水がこぼれていた。

コップの水は、「チョン、チョン」と掛けて洗うのが正しいのかナ?と思う。インド人はどこでも皆、きれいに便器を使うようだ。汚したまま逃げる人が少ないのだろう。
旅行中に汚いトイレは見なかったし、トイレにコップを持ち込む人は見なかったので、皆きれいにトイレを使う習慣が社会にあることが想像できる。我々も汚すのは外人と言われないようきれいに使う。しかし、トイレのあと、指の臭いを嗅いでしまったりする。(インドの名誉のため言っておくと、旅行中にトイレ後のほかに物や取っ手に触った後、食事前など最低100回は指を嗅いだが確定的な匂いがしたことは無かった。
ただし有機物系の怪しげな匂いが微かにしたことが2回あった。
日本では公衆トイレに入った後で確定的な匂いがすることが時たまあるので、両国は引分けと感じた。しかし、悪意やマナーの悪さを感じないのはインドだ。)
なお、日本人は紙を使う。ガイド誌には使用後の紙は流してはいけないと書いてあったりするがこの車両のトイレは垂れ流しなので、紙を捨てても良い。

トイレの注意書き



駅のトイレは中を見なかったのでどんな状態か不明。
また、日本からのツアーで利用するホテルは洋式トイレであり、水洗である。
しかし紙は硬い。ウオシュレットは無いので、ちとつらい。


参考:インド式トイレ。バケツの水で流す。
ムガールサライ駅近くのチャイ屋だが、2階以上はホテルになっていた。チャイしたときにトイレを借りたら2階のホテル室内に案内された。英語のホテル看板は見なかったのでインド人向けホテルと推測する。(列車内もここも水をこぼしたのは私ではない)



ちょっと! イタリア(ベニス)での思い出 (イタリア男はお尻を拭く?)
インドの列車内トイレを見て「日本と違うので、大には使えななかったよ」との仲間の言葉を聞いて30年前にイタリアのベニス駅のトイレに行った時のことを思い出した。そのトイレは入口を入って左側に部屋がある。部屋の左が小の区域であり、コンクリの壁に向かって用事をたす。右側は手前が手洗いエリア、奥が大の区域である。そこは見聞を妨げる扉はなく、しゃがみこむ姿が丸見えである。長さ4メートルの凹型のコンクリがあり、凹の間に水が流れている。適当な隙間を見つけ凹の上に足を乗せしゃがみこむ。当然、用を足している人は前の人のお尻を観察しながら用を足す。
下痢の人が前だったら大変だろうと心配もする。私は誰も居ない時に一番前(流れの川下)に座り用を足していた。
その時列車が到着して私の後に4〜5人しゃがんで用を足し始めた。順番待ちも出来た。
用を足すのが速く、座るや否や出し、たちまち立つ人もいた。そのとき、おかしなことに気が付いた。
川上から流れてくるのはxxだけだった。
中には熊のものと思われる、立派なものもあった。昔のことなので、記憶は定かではないが、多分トイレの中に熊はいなかった。
そして紙は流れて来なかった。
私はそれに気がついて、用事を終え立ち上がった後、私の後に立ち上がった3人の行動を監視し、確認した。
2人は用が済んだ後、蛇口でハンカチを丁寧に洗った。(汗をかくはずもない2月に何故ハンカチを、長い時間洗っていたのか疑問(*)を持ったが現在も不明のままだ。)
一人はズボンを穿いて出て行った。
6〜7人のデータなのでイタリアでは国民的に紙でお尻を拭かないと断定ができないが30年前の事実である。
(多分、パンツはズボンが汚れるのを防ぐものなので、xxが付くのは当たり前という考えなのだろう)ちなみに、それ以来人のxxをする姿など見たことは無いし、見られたことも無い。そして、今でもお尻を見られるだけだった最前列にしゃがんだことを、後悔している。最後列にすればよかった。このときの旅行写真

(*):口には出せないのだが、以下の考えもある。
日本:鼻をかむ⇒紙、食事中に口を拭く⇒紙、お尻を拭く⇒紙
イタリア:鼻をかむ⇒布、食事中に口を拭く⇒布、お尻を拭く⇒?
当時もハンカチを丁寧に洗う姿を見て「?」と思ったのだ。
どなたか、イタリア在住していた方などで、このおぞましい想像の「?」は、ありえないという意見連絡してくれる方はホーム-管理人へ。




なお、私の経験では、昭和20年代は、汲取り式であり新聞紙だった。昭和30年に父の会社の社宅に入ったら水洗だったのでトイペになった。
社宅の掲示板に詰まるので新聞紙はやめましょうと書かれていた。
このころ開店した横浜高島屋のトイレ(当然水洗)でも、最初は一枚一枚が分かれている(B5サイズ)黒っぽいトイペだった。
しかし一年足らずでロール紙になったと記憶している。多分、紙が無くなり、新聞を流す人が多かったので、長く使えるようにしたのだ。あたりまえだが、ここでも「詰まるので新聞紙はやめましょう」の掲示があった。
昔話では、よく葉っぱとか縄が出てくるので、日本人は昔から拭いていたのであろうと思い何故か安心する。

インドのシステムは我々になじみが薄いが結構、文化的なのかもしれない。
ちなみに、インドの空港内や高級レストランのトイレは、備え付けの紙があるが硬い。一巻きを日本から持って行ったほうが安心だ。

2等列車内の乗客



親切だった。


2、3等の夜行寝台列車の車中

デリーからバラナシへ向かう列車にクラス旅行中のインド一流有名お嬢様学校の女子高生たちがいた。




彼らは仲間内でもきれいな英語で話す(多分英語以外は使えない学校である)。ベットが3段なので3等寝台。
列車の中は周りがうるさかったが、私は寝つきが良いので、横になったらたちまち寝た。夜中に何度か起きたが、インド人はいびきをかいていなかった。お前のいびきがうるさかったと翌朝、指摘を受けた。
列車内に到着駅の案内放送はない。私の場合は周りの人が親切に、降りる準備をしろと教えてくれたし、またツアー道中、全てに同行するガイドさん(到着の空港から出発の空港まで)が別車両に乗っていて、到着前に来た。
一人旅などで、延着があると気を使ったり、心配ならば、車掌さんにチップを渡せば、降りる駅を教えてくれる。100ルピー位奮発しよう。


コンポーネントの先生。当然先生達の会話は英語である。


現地の人と、話せるので列車の旅は面白い。2等車以上だと英語を喋れる人が多いし、治安も安心だ。
上の生徒と同じ車両内で仕切りもないがこちらはベットが2段の2等車。


前を歩くおじさんは現地の案内人。駅で待っていた。Mughailsaraiからガンガーのガートまで車で20分程度。


ムガールサライ駅(Mughalsarai)ベラナシ(Varanasi)近郊 12/2 朝7:30
ムガールサライ駅のカレー屋さん


左のピカピカのアルミ鍋、その右のボコボコだがピカピカのフライパンらしき鍋を見ると、厳しい師弟制度があるのカナと想像してしまう。
雨期には50℃になる地域だ。衛生面に気をつけないと商売は難しいのだろう。
普通列車。中はラッシュ状態。(ムガールサライ駅)


インドには目が白濁した白内障の老人が多い。写真左から3人目のおじいさんは左眼が白かった。
日本でも昔は目が白くなるほど進行した白内障の老人を多く見た。
しかし、日本では40年程前から少なくなり、30年前には見なくなった。

ムガールサライ駅(Mughalsarai)ベラナシ(Varanasi)近郊 12/2 朝7:30

ムガールサライ駅(Mughalsarai) 12/3 朝8:20
堂々たる広いホームがいい。


ムガールサライ駅(Mughalsarai) 12/3 朝8:20



ムガールサライ駅(Mughalsarai)ベラナシ(Varanasi)近郊 12/3 8:20

前述の列車トイレ内注意書きで駅でのトイレ使用は禁止されているが、そんなこと言われても難しいのだ。
列車トイレは垂れ流しで、アップには耐えられないので縮小。
超広軌道の線路

お勧めはしないが原寸写真もある写真集へ,機関車の写真もある。

インド鉄道は1676ミリの超広軌が標準である。JRの1067ミリ(新幹線1435ミリ)の1.5倍もある。
JRや民鉄は15両編成が限界などと言って列車のラッシュアワーを放ったらかしにしているが、都心線と近郊線だけでも超広軌に出来ないものかと考えてしまう。
また、インド鉄道は休まない。ニューデリー駅も24時間開業している。日本でも、せめて山手線と銀座線を24時間運転にできないものか?「都市は24時間休まない」なんて言葉をよく聞くが、しっかりサービスは休んでいる。多分、こんなことの多い少ないが10年後、20年後の国力の差となって出てくるのだろう。
日本の鉄道サービス体制が悪いため、不快や不便な思いをしている我々には、インド鉄道の1676ミリや24時間運転が羨ましい。駅員が夜間働くのを嫌がるならば、中国人でもインド人でも良いのだ。年に一度のレール交換時は片側通行でもバス代替でもいいのだ。24時間運転を出来ない理由は、誰でも(失礼だが知恵遅れの人でも)100個ぐらい出る。鉄道の経営者には、出来る理由を1つ見つけて欲しいものだ。
大体、昼間でも年に数回は4〜5時間を信号故障だ人身事故だで止まっているのだ。

知恵がなく、自分達では出来ないのならば、インド鉄道にJRの運営をアウトソーシングすべきだ。24時間運転で山手線内は50円均一で運営してくれるだろう。地下鉄は都営もメトロも乗り換え自由で100円均一だ。JRは東京から横浜まで200円であろう。

大量輸送機関は便利で安いのが本来の姿だ。誰でも自分が可愛いので、自分の仕事を他人に賞賛して欲しいし、自画自賛もしたいので、面倒でつらい仕事はしたくないし仕事の安売りしたくないだろうが、仕事の目的を忘れては駄目だよ。

ムガールサライ駅(Mughalsarai)朝8:00
床が濡れているのは消毒液だ。そういえばニューデリー駅も消毒薬臭かった。




物乞い少年(12/3 8:20)

駅には浮浪児の物乞いが多い。我々を見ると、食べていないとの身振りをする。しかしほんとうに困っている、身障者や飢えている子供は構内まで来れないようだ。街中の浮浪児のほうが痩せていたり、汚い子がいる。最初は、せっかく円高のニッポンから貧しいインドへ旅行に来たのだから、お大尽になったつもりで、どーんと、と言っても10ルピー(27円)程度を、多くの浮浪児に与えても良いと思っていた。しかしお金を渡すと、それを見ていた大勢がワッと集まり「俺にもよこせ」と迫ってくる。
もらった子も「冗談じゃないよ。これっぽっちじゃ足りないよ。俺は何日も食べてないんだ(おい、うそを吐くなよ)」と主張する。
例えが悪いが砂鉄を集める磁石みたいなことになる。
「人の良い人、気の弱い人に対し、チャンスとばかり群がる」ように感じてしまう。与えるとかえってストレスが大きくなるので、だんだんと無視することが多くなった。
日本のように、お金をもらった人は「ありがとうございます」と頭を下げながら恩人を見送り、
お金をあげた人は立ち去りながら、ちょっと誇らしげな優越感を味わうなんていう文化はインドにはない。

宮脇さんのインド鉄道紀行本にあるように、浮浪児でもゴクミのようなパッチリとした大きな目と彫りの深い顔をしている。もちろん可愛くない子もいる。(浮浪児ではないが、目の大きい子供、クリック拡大)痩せた小学生低学年ぐらいのゴクミが、2歳ぐらいの妹を抱っこし、大きな目に薄幸をたたえながら「私たちは、食べていないの」とかすれた、幼い声で言うのを聞いて、お金をあげない自分を鬼だと思ってしまう。物乞いには、地元の人も結構お金を渡している。
信号で前に止まっていたベンツから両足のない物乞いにルピー札(多分、10ルピー以上)が渡るのを見た。やはり、持っている人はバンバン施しもするのだ。日本人はすぐ逃げられる車に乗る直前などに、ばら撒けばストレスを余り感じないで渡せるのかもしれない。上の写真はバラナシの駅で、前日の朝に10ルピーを渡した物乞いの少年。次の日に駅へ行ったら覚えており、早速まとわりついたので1枚撮った。

インドには猪口才で、元気で、逞しい物乞い小僧が大勢いる。1、2等車の列車に乗ってくるような良いとこの子は、日本の子と同じく大人しい。
国家のためどちらが、役立つ人になるかは知らない。


ムガールサライ駅前のオートリキシャ


12/3 列車番号5621 Patna始発のNewDelhi行き「N.E Express」にムガールサライ駅(Mughalsarai)から乗る。
時刻表だとMughalsarai8:20発、トゥンディラ駅(Tundia)16:50着だが実際はMughalsarai 8:50発、Tundia 19:00着。

下の時刻表テーブル18A、107ページ参照


2等列車内で販売していたランチ。


ホテルから持ち込んだ昼食用弁当を食べた後で、お腹は膨れていたが、弁当業者が座席(ベット)を回りながら注文を取りに来たので、ベジタリアン用を頼んでみた。
50ルピー( 135円(1ルピー:2.7円))。2段ベットの上段で食べる。豆カレーと野菜カレーだ。
カップはヨーグルト。ナンの下のビニール袋は水。ビニールの筒の両端を熱着して袋にしてある。
食べた後のコメントとしては「うまくないが、まずくもない」。
豆カレーはおいしかったが、野菜カレーはほとんど残した。ナンはおいしかった。
ヨーグルトはすごく酸っぱかったので、体に良いと思ったが3口で諦めた。
今、日本で流行っている自家製ヨーグルトとは違い、乳酸菌が野性的なのだろう。
ビニールは、パンパンに水を入れているので、穴を開けただけで水が飛び出そうだった。飲み残した場合の処理方法が分からないし、ツアーなので、下痢をして仲間に迷惑が掛かるといけないので飲まず、手持ちのペットボトルのものを飲んだ。食べ残しは下段ベットの下に置いた。
1時間後に、弁当業者のオジさんがトレイを取りに来た。

一時同席の家族(姉弟


アグラ近郊のトゥンダラ駅(Tundia) 12/3 19:00




タンディア駅(Tundia)
老眼では通路が見えないほど暗い。


タンディア駅(Tundia)のツバメ


ここから車で1時間(約30km)でアグラだ。Tundia駅は交差駅なので上記の時刻表には載っていたが、北インド地図には書いていない小さな駅だ。

なお、インド鉄道は世界4位の路線長を持つ。(左記ランクの1.2位の世界合計とEU合計は除外)
日本は6位ぐらいだと思っていたら、いつの間にやら11位に落ちていた。落ちぶれてゆく国の日本を、実感する。残念。(この行だけ2008.03追加)



インドでの写真(大きな写真)




本編へ続く


時刻表2002.07〜2003.06版


ニューデリー20:00発 列車番号3468の「Vikram Shila Express」にMughalsaraiまで乗った。




列車番号5621 Patna始発のNewDelhi行き「N.E Express」にムガールサライ駅(Mughalsarai)からTundlaまで乗る。

2005年版から、インド鉄道は時刻表をPDF(上記1テーブルの2006年版)で公開している。ここで全てのTrain At A Glanceの時刻表部分を取ることが出来る。自分で調べる場合はここで。

バラナシ駅



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